エホバの証人二世 ルデア の傷跡ブログ

新興宗教カルト宗教の二世が立ち直った方法

元エホバの証人二世が持つトラウマに対してどう向き合えばいいか

エホバの証人の二世および子供たちは必ずと言っていいほどトラウマ的な傷を抱えている。いや、傷というよりも爆弾といっても過言ではない。 エホバの証人二世たちはみんなと同じじゃない線路を走らされ、そして肉体的にも精神的にも親や「この世」と言われた人たちから虐待されてきた。 僕たちはそのトラウマを抱えながらそして思い出しては暗澹たる気持ちにさせられ日々生きている。

では、そのトラウマと僕たち元エホバの証人二世たちはどう向き合えばいいのだろうか。

エホバの証人時代のトラウマと「付き合う」

トラウマという見えない敵は非常に強大で辛い存在はない。トラウマは強靭すぎるがゆえに僕たちはその敵に戦うためのスキルも無ければ武器も持ち合わせていない。 そもそもトラウマには僕らだけじゃなく多くの人も抱えているものに対して「打ち勝つ」という選択肢を迫られてきたかもしれないけど、そのトラウマには僕らか弱い人間には勝てるすべも持ち合わせていなければ消せる存在でもない。 トラウマに勝てる人は選ばれた人でなければ到底向き合うこともできないし100戦100勝することもできやしない。 個人的な見解だが、トラウマ相手に100回戦って勝てるとすれば15勝もいいところで残りの85回は負けて心をえぐられている強力な敵だと思う。

元エホバの証人二世時代は学生だった人が多く、僕たち二世は反抗期ですら許されなかった。反抗期は社会を学びそして自分の限界も知るために必要な時期だと思うのに、その時期になることをエホバの証人や親たちは許さなかった。 親に従順でありつづけ、そして犯行するものなら罰が待っていた。ゆえに、反抗期から得られる精神的な強さを身につけることもできなく、反抗期のロス・喪失から今持っている精神力はミジンコクラスの微弱なものだ。 弱くさせたエホバの証人たち及び親はそれを知ってか知らずか僕たちを洗脳によって無駄な万能な存在であることを植え付けることで「無力化」させてきた。

トラウマにはどうすればよいか

まず、トラウマに対しては勝とうと思わないようにした方がいい

少年漫画のように強敵に打ち勝とうと思う気持ちもわからないわけではないが、保育園児が大のおとなに勝てる訳がない。むしろ勝とうと思ってトラウマに向き合えば向き合うほど、そのトラウマに撃ち負けるものだ。 勝てない相手に戦うのは勇気ではなく人はそれを無謀という。無謀なチャレンジは次の心の傷を作り出したりトラウマをより強力な敵へと仕上げてしまう。

ゆえに、トラウマに対しては「勝とう」と思うのではなく、「付き合う」という感覚及び見解を持ったほうがいい。トラウマはストーカー以上につきまとい向き合えば自分を絶望へと誘う。

そもそもトラウマに負けるのは弱さではない。トラウマによる怒りは人間の脆さと同時に優しさ(他人に対する思いやり)をも生み出すものである。傷の深さとエグみから僕たちは傷を負うことに敏感になっているのではないか。 その敏感さは人の機微を読むのに最適でそれから自分を傷つけよう、と思うことにも気づくものでもある。トラウマは自分を傷つけて安心感を得ようと思わせることもあるが、それを人にしようと思わないように持っていくことができれば優しさという武器を得ることができる。

トラウマを意識すれば辛い。しかし、意識すればするほど人はそのトラウマの囚人と化すならば辛かった、という事実だけを受け止めるだけでいい。怪我をしてその怪我をいじくり倒して悪化させる人はあまりいない。トラウマも肉体的傷も同じようなものだ。えぐればえぐるほど悪化していく。 だから、その時、トラウマになった傷は忘れなくていい。その時の悲しい辛い苦しいといった感情は捨てなくても構わない。 敵が近くにいても、敵がいるという認識があるだけで実はトラウマはこちらから触らなければ害は与えない存在である。

たまにトラウマから絡まれて辛い思いをしたとしても「ヤラレタ〜」と自分の心に言って数秒間だけ苦しめばあとは別のことを考えたり行動を取ってみるだけで構わない。

これらのことから、僕たち元エホバの証人二世たちはトラウマに負けない強靭な精神を身に着けなければならない、という強迫観念は捨て「トラウマと付き合い続けていく」という意思を持ってそれなりにスルー力を身につければいい。 状況によってはトラウマは自分を無意識に強くしてくれたりするいわゆる免疫力にもなりうる。それゆえに多少の傷も追わなくなったりする。

また、トラウマを忘れるくらい自分が楽しいことに多忙にすればするほど、トラウマの存在は薄れていく。 辛い悲しい苦しいといった三重苦の気持ちは実はトラウマを見つめることから発生する。 以前の記事に書いた無思考化するであるようにトラウマに向き合わないことから強さを作っていけばいい。 そっちの方が楽だし楽しい。楽しくしながらも強くなれるなら人は余裕が生まれる。そしてその余裕が人をまた賢くしたり強くしたりもする。

トラウマがつきまとっても僕たち元エホバの証人二世はそれと付き合い続けながらもトラウマに左右されない未来を作らなければ人生は損してしまう。損をしない生き方をして人生を謳歌しようじゃないか。