エホバの証人二世 ルデア の傷跡ブログ

新興宗教カルト宗教の二世が立ち直った方法

傷の癒やし方

エホバの証人時代だった自縛を打破する

エホバの証人時代が長すぎたせいか、元エホバの証人二世たちは人に好かれなければならない感覚にとらわれてしまっている気がする。 僕も実際そうだったし、人に嫌われないためにはかなりの努力をしてきたつもりだ。確かに人は他人に嫌われて生きていきたい、…

元エホバの証人二世に大事なこと - 無思考化する

過去の傷としてエホバの証人時代があるといった二世の方々は知らない世界で多くいると個人的に思っている。 道行く、通りすがる人の中にも実はエホバの証人二世だった人もいたはずだが、そういった傷を負った面を見せずに健気に、そして強く生きている人もい…

「エホバの証人」を執拗に狩るロシア という記事を読んで

www.newsweekjapan.jp 個人的な第一声は「狩れよ」だったりする。 意味もなく使役と金銭を求める集団に価値はない。 信教の自由が欲しいなら、すでに全知全能の神エホバが何かしら処置を施している。神がいない、神はいないことは証左のとおりだ。 個人的に…

店員「近くに住んでおられるのですか?

レジ店員「近くに住んでるんですか? この言葉で救われる人もいるし、鬱陶しいと思う人もいる。 僕は前者で、後者は何かしら罪業妄想に囚われている人だと勝手に解釈している(実際何かしら罪を犯しているのかもしれない)。 罪業妄想に関しては過去の記事で散…

エホバの証人二世が親から離れる方法について

エホバの証人の二世は経済的にも環境的にも強制を受けてきているのは自明の理である。 では、親のその庇護からどうやって逃れることができるか? 言わずもがなだが、それは「自律、自立」である。 自分を律する事ができれば、次のレベルである自立も容易では…

エホバの証人二世の鬱は「甘え」か?「原罪論」から来る弱さなのか?

twintailsokuhou.blog.jp という、さっきとりとめもない記事に遭遇した。 結論は概ね >>9 のこの発言に尽きると個人的に思う。 [ 9 ] 甘えでも鬱でもどっちでもいい そいつが使えないことに変わりはないんだから 社会はそいつを置いて行く 以上 これをどう捉…

元エホバの証人二世として開花できる花 part.2

エホバの証人として許されなかったことの一つに「哲学」がある。 かの著名な哲学者であるニーチェの文章を読めば分かるが、いわゆる「キリスト教」の腐敗した原因は全てパウロ及びローマ司教たちにある。 ニーチェ入門 (ちくま新書) 作者: 竹田青嗣 出版社/…

人を感情で利用しない(自己存在で他人を理解する)

以前の記事でも述べたが、大切なのは自分を愛することで人への愛を知ることだ。 人とは言ってみれば他人である。 だが、自分への愛し方を知らないで他人を愛することなんて出来やしない。他人に自己犠牲的な愛を強いることはマゾじゃなくサディストのする行…

自分に優しさを与えることで人にも優しさを与えることができる

エホバの証人だった親はあなたに対して厳しかったのではないだろうか。 エホバの証人の親なら聖書というレールが与えられている上、経済的にもあなた(この場合エホバの証人二世)を操作しやすかっただろう。 短略的に言うと、エホバの見方 = 親の価値観 であ…

人生に正しさ(楽しさ)を求めない(2)

全ては僕から起因した出来事だ。 だから僕は自分しか責めることができなかった。 元妻は去り、小規模共済も解約し、そこから得た解約金からの所得から大きすぎた家(3DK)を離れ、今は大阪のこじんまりとした部屋(2DK)に住んでこのブログを更新している。 余計…

人生に正しさ(楽しさ)を求めない(1)

エホバの証人二世(子ども)時代なら、正しいことを行え、ただただ楽しいことは避けろ、と教えられただろう。 確かにどちらも正解でどちらとも不正解だ。 人生なんて聖書時代と較べて社会も変わってる(異なってる)し、自己快楽のみの追求であれば将来の自分像…

愛されるより愛しなさい(嫌うことで権利を得よう)

エホバの証人時代は愛されることが当たり前だったが、 それは自分が相手を愛することを強制されたことから起因するのではないだろうか。 いわゆる隣人愛であるが、それは相手を「嫌う」権限の喪失である。 嫌うことによリ、自己のアイデンティティを保つこと…

率先して行動する(好奇心を促す)

以前のこのブログの記事で無気力について解説したが、その無気力に支配されては自分の人生は失われたままだ。 でもこの無気力の「チカラ」は非常に強力で、自ら動くための源をやすやすと奪っていくことに元エホバの証人二世はすでに気づいているだろう。 し…

エホバの証人時代をアウトプットする

辛かったエホバの証人時代の事をアウトプットすることによって自分を省みることができる。 何が辛かったか、 何が悲しかったか、 何が楽しかったか、 何が嬉しかったか、 エホバの証人時代にも楽しかったこと、嬉しかったこともあるはず。 しかし、エホバの…

過去の傷と過去の栄光にとらわれない

エホバの証人としての過去は、しょせん過ぎ去ったものでしか過ぎず、それにとらわれてしまうと何もできなくなってしまう。 心理学で言う「学習性無力感」といって詳しくは 学習性無力感 - Wikipedia を見れば分かるが、エホバの証人として私たちはあまりにも…

孤独に打ち勝つ方法

以前にも書いたことだが、端的に言うと「孤独」は悪いことではない。孤独があるからこそ、自分やその周辺及び多くの人について振り返る事ができる上、「考えるための思考」の習慣をつけることができる。 孤独、と言えば悪いように聞こえる人が大多数であると…

エホバの証人だったことを「恥じない」

自分にもあったことだが、自分がエホバの証人だったことで恥ずかしく思ったことがままあった。学生時代はもちろん、エホバの証人を辞めたあとの社会人になってからもずっと。 確かにカルト宗教だった上、多くの人に「奉仕活動」という名の迷惑行為をかけてき…

はっぱ隊に学ぶ

www.youtube.com エホバの証人だったからといって、何もかも悲観的になる必要はない。 自分の余年は何年くらいだろうか? 勝手に自分の未来を暗くしているのは自分自身ではないだろうか。 かと言ってポジティブバカになれと言うわけではない。 自分の人生のエ…

元エホバの証人になったら〜自分を理解する〜

自分自身についてよく理解できている二世などは非常に少ない気がする。命令されるがままに生かされてきたから自分の感情よりも親などの他者の感情を優先させられてきたから、自己不在になってしまう傾向があると思う。自己不在に関しては加藤諦三氏の本によ…

元エホバの証人〜とりあえず生きる〜

生きることに生真面目になる必要はない。もっと適当に生きていってもいい。そもそもその生真面目さを必要としていたのはエホバの証人時代の自分だったのではないだろうか。僕はもう糞真面目に生きることはやめている。もちろん法律に則った生き方はしている…

元エホバの証人〜卑屈な愛し方を辞める〜

今までエホバの証人として生きてきた人たちは条件付きでの愛情を受けていたのではないかと思う。エホバを讃えよ、エホバは真理、エホバは云々……生きているだけで幸せな理由としてエホバの存在があった、とマインドコントロールされていたのかもしれない。そ…

自分ならではの「笑い」を知る

この記事を見ている元エホバの証人の方たちには難しいことかもしれないが、自分ならではの「笑いどころ」を知ることは本当は大事だったりする。笑いとはどんな低俗なものでも構わない。大事なのは自分が本当に笑えるか、ということなので、それを知らないと…

元エホバの証人として〜創造価値に生きる〜

「創造価値」とはヴィクトール・フランクル氏の提案したもので、簡単にいえば「何かを作る」ことである。その創造価値とは、実は非常に奥深いものがあり容易に語れるものではない。ただ、僕としては何かの作品を作っている最中にはエホバの証人時代のことも…

人を嫌いになる自分も受け入れる

エホバの証人時代、人間は完全ではない、という教えがあったと思うがそれは当たり前だと思う。完全の定義については人それぞれだから今更その定義について話し合っても価値観は大いに異なるから話し合ったところで平行線をたどったものになるだろう。 またエ…

元エホバの証人からしばらく経って〜自己存在を超えて〜

元エホバの証人としてずっと生きてきたなら、十分に自己存在の必要性を知っていると思う。自己存在が十分に実感できたら、次の次元として「他者存在」を受け入れる必要性に駆り立てられているのではないだろうか。 自己不在の次としてあるのが「自己存在」で…

元エホバの証人として〜許す〜

過去の辛い生き方により、敵及び過去中心的(サタン的)な生き方を強いられてきた経験があるが故に、過去の仲間であったエホバの証人たちですら敵対視する人も中にはいるだろう。今までエホバの証人の粗を探したり協会組織の過ちを探ったりして、今の自尊心を…

過去にとらわれない・過去に生きない

みんなと同じ生き方ができなかったからといって、自分の経験したことは無駄だったとは思ってはいけない。同級生と違う生き方を強いられたとしても、僕たちは「今」を生きて「未来」に目を向けて生きている。確かに過去の生き方は辛かっただろうし、思い出せ…

誰かを愛する

Kinki Kids の歌であった「愛されるよりも愛したいマジで」という箇所があるが、これはある意味真理だと思う。受動的な愛よりも能動的な愛の方が人は幸せになれる。 エホバ及びイエス・キリストは愛の具現者的な教育がずっとあったと思うが、そもそもそんな…

元エホバの証人〜死にたくなったなら〜

誰しも死を考えたことはあるとは思う。僕ですら考えて未遂したくらいだから、みんなはもっとその深淵について考えているだろう。故に僕はそれについては触れない。そして死を甘受したいならばそれに従えばいいと思う。 でも、これだけは考えて欲しい。エホバ…

創造的価値を見出す〜詩を書く〜

何をしても孤独に感じるのであれば、何かを作ってみることを念頭においておくといいかもしれない。森博嗣氏が言うには詩を書くことを勧めていたが、僕個人としてもこれは効果的だと思う。内面を見つめ、それを言語化し、それから客観視する、という一連の作…